「ライオン・キング」の実写版いよいよ公開ですね。
先日劇場に行った時に「予告編」を観たんですけれども、やっぱりハリウッドクオリティの映像は素晴らしいです。
・・ちょっと観たいなぁと思いましたけど「ライオン・キング」の映像見ていると頭にいつも浮かぶのが・・・
〝「ライオン・キング」って「ジャングル大帝」のパクリ(模倣)だよね???〟
という強い疑念なんです。
“パクリ”の指摘に対してディズニーはなんて言ってる?
アニメ版「ライオン・キング」は1994年に公開されました。
その時から本国アメリカを始め、日本でも「ジャングル大帝」との類似を指摘されていました。
どちらも王(パンジャ | ムファサ)の息子として生まれた子ライオン(レオ | シンバ)の成長物語ですがそこはまあ・・設定として被ってもおかしくはないかもしれません。
ただ、あそこまで似通ったビジュアルイメージやシーン、キャラなど共通点ありすぎw
当時、里中満智子先生と大勢の漫画家たちが署名を添えて、抗議文を送りました。
これをオリジナルと言い切ってしまうのにはどう考えても無理がありますが(言ってて恥ずかしくないのかと思うレベル)剽窃を指摘されたディズニーは、真っ向から偶然の一致であると言い切ります。
手塚先生は、すでに故人だったので(お亡くなりになったのが1989年)手塚プロは「もし手塚本人が生きていたら、『自分の作品がディズニーに影響を与えたというのなら光栄だ』と語っただろう」という声明を出して、事態は沈静化しました。
・・たしかに手塚先生は、ディズニーに大きな影響を受けていて映画館で80回「バンビ」を観たという伝説が残っているぐらいなのでそうおっしゃった可能性も無いとは言えません。
正直、手塚先生本人がご存命だったらどうだったかわかりませんが・・・すでに故人でありますし、先生が愛したディズニーと争う選択は、手塚プロにはなかったと思います。
イメージ的にも手塚先生の晩節を汚すことになった可能性もあるので「大人の対応」だったと思います。
・・しかし、手塚先生が作られた日本のマンガ文化にどっぷり浸かっている自分としてはこうやって再び映像化されることでその疑念がムクムクと蘇ってくるのは確かなのです。
アメリカでも人気だった「ジャングル大帝」
「ジャングル大帝」は手塚プロダクションで1965年に国産カラーアニメ第一号として放映されました。
その後、何度もアニメ化されています。
「ライオン・キング」の人気にあやかって作られた劇場版なんてのもありますが・・w
アメリカでも「キンバ・ザ・ホワイト・ライオン」というタイトルで放映(1966年9月にNBCで放映)され、「ライオン・キング」を作成したアニメーター達にも大きな影響を及ぼしたそうです。
ディズニーは当初、我々は「ジャングル大帝」を見たこともないと言っていたようですが流石にそれはあり得ません。
アメリカの雑誌のインタビューでは見たと証言したアニメーターが何人もいたそうです。
ジャングル大帝とライオンキングの違い
もちろん、「ジャングル大帝」を下敷きにしたとしても「ライオン・キング」は作品として明確な違いがあります。
手塚先生の長女である手塚るみ子さんはライオンキングとジャングル大帝の違いについてこう語っています。
そうなんですよね。
「ジャングル大帝」の原作をお読みになった方はご存知だと思いますが主人公・レオは人間社会と深くかかわってきます。
特に漫画の最終回でのヒゲオヤジとレオのエピソードは感動しました。
余談ではありますが藤子不二雄A先生の自伝マンガ「まんが道」で手塚先生のお手伝いに行ったら「ジャングル大帝」の最終回だったというエピソードがあります。
チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」のレコードが流れるトキワ荘で満賀道雄が涙を流しながら手伝うという話です(あの最終回は、藤子A先生がお手伝いしたのか〜っと思うと感慨深いものがありますね)
・・と話がそれましたが、「ライオン・キング」が世界中の人達に支持されていることは確かなのでそれは、当然ディズニーの持っている力だし功績だとは思いますが・・あくまでもそれは下敷きにした手塚先生の遺産があってのことです。
その元となった手塚作品に敬意を評して、インスパイアを受けた人物(作品)としてOSAMU TEZUKAの名前を最後にクレジットに入れるぐいのことはしても良いと思います。
ですので、非常に残念でなりません。
どうしてもそのことがチラつくので劇団四季の舞台もあまり行く気がおこらないし、今回のCG映画もなにがあっても映画館で見ようという気にはならないのでした。
認めてもらえれば、日本のアニメをオマージュした素晴らしいハリウッド作品として気持ちよく楽しめるのになぁ・・・
ちょっと、残念です。